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城端の曳山と魚津

先日のTrue Tearsパネル展の際
たまたま、城端の呉服屋の方とお会いしました。

「城端の町と本当に似てますね。
 でも、むぎや祭りと曳山祭りが一緒になってる(笑)
 本当は9月と5月の別々に開催されるんですよ」
そんな感じで始まったお話からは
曳山についても聞くことができました。

「城端の曳山は庵屋台で庵唄(端唄)を
 紋付袴姿で演奏するのが特徴なんです。
 ぜひ、一度見に来てくださいね。
 そういえば、あなたのいらした魚津に
 江戸時代のころ城端の曳山が
 裁判になって持っていかれたことがあるんですよ?」

この曳山が魚津に持っていかれた件については
城端の図書館で後で資料を確認してみた。
どうやら、当時
加賀藩から高岡に曳山がプレゼントされていたらしいのだが
城端の曳山があまりにも美しく
高岡がブチ切れてしまったそうな。
「おまえのところの曳山は殿様からもらったものではない
 高岡の曳山以外は祭りで使ってはいけないのではないか?」
そんな感じで、裁判となり
魚津の奉行所まで運ばれる運びとなったわけ。
結局、城端の曳山祭りは歴史もある祭りだから
お咎めなしってことになったらしいのだけれど
なにせ魚津と城端はとっても遠い。
行きは持っていかなきゃならないけど
帰りは面倒だから魚津に放置して
城端で新しいものを作り直したって言われてる。

う~ん。
魚津にもともとあったっていう曳山は
城端の放置した曳山と関係があるのだろうか・・・。
地元民としてはその辺がちょっぴり気になったっす。

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