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魚津城の戦い

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来年2009年のNHK大河ドラマ「天地人」
直江兼続って人が主人公。
ちなみにこの人って、上杉謙信とか上杉景勝とかを支えた人なんだとか。

んで、どうやら、この天地人に魚津城がでてくるかもなって噂が。
ってことで今、魚津城についてザザーッと調べてみました。

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結論から言うと
上杉方と織田方の激戦があったのが魚津城。
上杉方は魚津城で織田方と戦ったんだけど結局負けちゃいます。
それが、6月3日。

ところが、実は6月2日に
本能寺の変があって織田信長は死んでいたんですわ。

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もともと魚津城は15世紀に松倉城の支城として
椎名氏につくられたらしいです。
その後、魚津城は越後の上杉謙信によって攻略されます。

そして、数年して謙信が死去したため
越後で家督をめぐって「御館の乱」が勃発。
結果、景勝が上杉方を継ぎます。
でもこの家督の争いをやってた間に
上杉家は領土の一部などを失ったりして勢力が半減。
そんなこともあって
越後は、越中・信濃・上野から織田方の攻撃を受け始めるわけです。
上杉家滅亡の危機ですわ。

越中もどんどん織田方が攻めてきて、
魚津城もそうこうしているうちに
集中攻撃の対象になってしまいます。
そこで、景勝に救援を要請しますが
越後もいろんなところが攻撃を受けててなかなか手が出せない。
やっとこさ、救援をよこしても
すぐにかえっちゃう有様で、
魚津城は孤立無援状態になってしまうわけです。

んで、6月3日、これはダメだってことで
魚津城にいる人たちは
耳に穴を開けて、自分の名前を書いた札をつるして自害したり、
敵と相打ちになったりして全員死んじゃうことにしちゃったんですな。
老若男女とわず、死んじゃいました。
そして、魚津城は織田方の城になったわけです。

でも、その一日前6月2日には実は織田方の大将、
織田信長が「本能寺の変」で自害してました。
この報は6月5日に魚津に知らされ、
織田方は急いで城を出ます。
んで、間髪いれず上杉方が魚津城を奪還。

城はもどったわけですが
死んだ人々はもどらないわけで
多分、景勝は「もうちょっともちこたえてくれたら・・・」って
悔しい気持ちでいっぱいだっただろうと思います。

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まぁ、そんな魚津城をめぐっての戦いは
80日以上もの籠城戦だったそうな。
普通、こんなに長く戦うことはないらしい。
というのも、籠城すると大抵の場合、裏切り者が出たりして
いつのまにか、自滅しちゃうことが多かったそうな。
こんなに、長い間で裏切りが出なかったのは
すごいことらしい。

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