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インフル問題から ぼやきまくり妄想編

先日インフルのことで
過剰報道のことを書いたんですが
コメントの最後の方に
国とかのお金、つまり税金もかかってることをちょっとこし書いてました。

で・・・実際に国ではないですが
大阪府はその明細を国に提出したわけです。
「このままだと、お金かかりすぎて手が出せません。
 本当はそんなに強いウィルスじゃないから
 今までの対応じゃだめなんですか?」
と一言添えて。多分。

 背景には、国が「強毒性」を前提とする行動計画を出しているため。新型インフルエンザは弱毒性とされ、現行の対応では必要以上に社会機能がまひするとの懸念が自治体や企業からあり、季節性インフルエンザと同様の対応を取るよう求める声が強まっている。
 
 同じく知事会に出席した舛添氏は、橋下氏からインフルエンザ対策に必要な予算として、25億円分の明細を受け取ったと明かした。

抜粋元:橋下知事直談判、25億円明細で緩和訴え

えーと、
僕ら国民にとって、情報が開示されることは
もちろん権利として訴えていかなきゃいけないですが
過剰にサービスを求めると
その対価、すなわち税金が跳ね返ってきたりするんだよなぁ。
本当に必要なサービスとそうで無いサービスと
見抜けるような力も必要になってるなと感じちゃいました。

う~ん、
インフルの毒性は強いわけではないんだから
かからないようにするんじゃなくて
かかったらどう対処すべきかを考えるのが現時点では大切な気がしてきた。
僕自身、かかったときどうするかを調べてみようとか思ってみたり。

つーか、もうすでに
かかること前提で動いた方がいいかも。
その方が、国民のウィルス耐性が強くなって
生物的には強くなれるかもしれないしさ。

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▼結局使わなかった文章

ここから先はインフルの話から少し脱線しますが
これまでの資本主義経済は
「求め続ける」ことを主としてたんじゃないでしょうか。
商品やサービスの向上を常に追求していた感じです。
それはきっと、「常に発展し続ける」ことを前提としていたから成り立っていたのでしょう。
けど、サブプライムローンの問題に始まる経済危機は
その「求め続ける」ことと「常に発展し続ける」ことがもしかしたら不可能なんじゃないか?
という警鐘を僕らに鳴らしてくれた気がします。
結局、全てが充足する世界ってのは実現不可能であって
ある程度の我慢みたいなものが必要なのかもしれないと。
なんつーか、
今までの世界は「日々前進あるのみ!」だったけど
これからの世界は「昨日と一緒。でもちょっとだけ進んでいる気がする」になっていくのかな・・・。
というか、そうなってほしいかも。

今回のインフルにしたって
本当に対策が必要なのかとかちゃんと考えなきゃいけないんでしょうね。
国のお金はたくさんあるって前提でいろいろ進めるんじゃなくて。

まぁ、命に関わることをお金と天秤にかけろっていってる僕の言葉は
ある意味問題発言ですが
今回のインフルは季節性のインフルと対した差はないのであって
過剰な反応と対応は自分達の税金をあげちゃうかもしれないっていう感覚が
国民一人ひとりにも必要なのかな・・・。

僕ら一人ひとりが国なりに求めすぎている現実を
少しずつ実感していかない限り
これから先はくらいのかも。

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▼結局使わなかった文章その2

救急車をタクシー代わりに使ってて問題になったことがあったわけですが
今回のインフルの診療にしたって
ちょっと熱が出たからっていうので病院に駆けつけちゃうと
本当に医療が必要な人に診断がされないんじゃないかな?

それとか、関西圏の旅館やホテルとか
キャンセルが続くと儲けがなくなって生活苦になるんじゃないかな?
噂だけど
ホテルの受付は客に接する時間よりキャンセルに対応する時間の方が多いとか。

それに、ドタキャンした場合キャンセル料が発生するから
学生の修学旅行を中止した学校は
そのキャンセル料をどこからまかなうんだろう?

なんつーか、今回のインフルって
マスク業界は儲かっているとしても
かなりの経済的損失がでてる気がしてきた。

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